職人が無口な理由

📅 公開: 2008-07-22

職人が無口な理由 〜板金職人・国村次郎〜

今回お話を伺った国村次郎さんは、50年にわたって新幹線の顔の部分を作り続けてきた板金職人だ。微妙な曲面をハンマー1本で打ち出して作り上げていく技を見せていただいた。その打ち出しの原理を初めて理解して、ある種の戦慄を覚えた。

仮にコンピューターを使って制御したとしても、きわめて複雑な計算が必要になる作業を、国村さんは瞬時に、いとも簡単にやってのける。うまくいっているときは無心の状態で、余計なことを考えるとかえってうまくいかないと国村さんはおっしゃっていた。

意識では追いつかない自動化された高度な能力。ハイデガーもそういうことを言っている。ハンマーを振るっていてうまくいっているときは無意識で、打ちそこなうと初めてそこで意識が立ち上がるといったことだ。

だから職人は無口なのだと思った。これだけ複雑な計算をしているとしゃべっている暇はない。この複雑な計算を意識的にやろうとするとすごく大変なことだが、熟練すると無意識のうちにほとんど自動的に脳がやってくれる状態になる。それは無我の境地で、変に意識するとかえって作業の邪魔になる。

僕は、どんな職業にも職人的な要素があると思う。非常に高度な計算を無意識のうちにやっている領域だ。例えば、人間関係においても阿吽の呼吸や暗黙の了解といったことが、できないやつはダメだ。

国村さんは、若い職人を指導するときに、たとえ失敗して製品にならないとしても、とにかく最後までやらせる。脳科学的に言うと、最後まで完結して初めて強化学習が成立する。最後まで仕上げないと学べないことがある、というのが非常に大事なことだ。

国村さんは一流の職人になるためには、「辛抱すること」が大事だという。この「辛抱」を、単に我慢することではなく、学習を完結させるための過程であると、より積極的な意味で捉えると、普遍的な問題になる。

国村さんは若い職人に手取り足取り教えたりはしない。とにかくやらせてみてひたすら見守る。僕は最近「独学」ということに興味を持っているのだが、今回も大きな示唆を受けた。

結局、「学ぶ」というのは独学しかないとつくづく思う。そのときに道具学習つまり自分の体を使って学習するというのが大事だというのは脳科学的に証明されている。道具学習はまさに自分の体でやるわけだから、いろいろと外からアドバイスはもらえたとしても、結局は独学だといえる。

教育の場に常に先生がいて、学ぶ側に依存心を起こさせてしまうのは、むしろ多くの人に間違った観念を植え付けてしまっている気がしている。