人は変えられない、目標は伝わらない。

📅 公開: 2008-10-09

人は変えられない、目標は伝わらない。

そんな時は“心のスイッチ”を入れましょう

わずか7年間で出願者が数十倍に急増した品川女子学院。偏差値も上昇し、今では東京大学への現役合格者も輩出するようになった。大正時代からの歴史を持つ同校は、かつて生徒数の減少に悩まされた時期もあったが、都内有数の人気校へと変貌したのである。

なぜ、学校を再生できたのか。品川女子学院の生徒や教員が、生き生きと明るく、やる気に満ちているのはなぜか。

このコラムでは、創立者の曾孫として学校改革を主導した品川女子学院6代目校長・漆紫穂子(うるし・しほこ)さんに、改革や日々生徒と接する中で学んだ人の育て方、やる気の高め方のヒントについて、実際のエピソードを交えながら語っていただく。

私は、1989年に品川女子学院に国語の教員として着任しました。今はこの学校の6代目校長として仕事をしています。毎日生徒や親御さん、そして学校の教員たちとコミュニケーションをしていくうちに、いくつかのことを学びました。今回はその中でも、大きな3つのことをお話したいと思います。それは、

1)人は変えられない
2)目標は伝わらない
3)人は管理できない

ということです。これを前提に、学校運営をするように心がけています。こう言うと、ちょっと驚かれるかもしれませんね。以下、その理由をお話ししたいと思います。

まず、人というのは変えられるものでしょうか? 例えば会社でも、上司にいろいろアドバイスされたり、「やれ」と命令されたりしたからといって部下の行動が変わるかというと、逆に反発してしまうこともありますよね。人は他人を変えたがったり、いつか変わるのではないかと勝手に期待したりしがちです。でも、自分を変えることでさえ難しいのに、人を変えようと思うことは、おこがましいことだと学びました。

品川女子学院では、いろいろな改革を現有勢力でやってきました。学校の中のソフトの部分、つまり人は入れ替わっていないのです。でも、結果的にパフォーマンスが上がってきました。「どう人を変えたのか」とよく質問されるのですが、人を「変えた」わけではないのです。では、その中でどうやって改革をしてきたのか。

それは、「モチベーションのスイッチが入った」ということだと感じています。

同じ人間でも、効率よく動ける時とそうでない時、何かに集中できる時とできない時がありますよね。好きなこと、楽しいことをしている時は一生懸命になれます。つまり、人にはもともとやる気が眠っていて、それぞれに「スイッチが入る瞬間」がある。そういうモチベーションのスイッチが入るような環境を整えていくことが、大切なのだと思っています。

研修だけでは人は変えられない

私自身は、研修が好きなんですよ。様々なセミナーに通ったり、自己啓発の本を読んだりしました。それで、学校でもそのような研修をすれば、みんなにとってもプラスになるのではないかと考えたのです。そこで、一般企業で実施するような研修も積極的に取り入れてみましたが、結果としてはうまくいきませんでした。

研修というのは、義務で参加していると話がなかなか耳に入ってきませんよね。これでは、双方にとって時間がもったいないことになってしまいます。また、研修を受講した直後に「自分が変わった、よかった」と思っても、1週間もたてば気持ちが冷めてしまうこともあります。

「(相手に対して)よかれと思うこと自体がよくない」と指摘してくれた教員もいました。「内発的な動機がない限り、人が変わることはない」ということを痛感しました。

それでは、どうしたらいいか。必要なのは研修ではなく、仕事のうえで「自分が参加した企画が成功した」という体験を積み重ねていくことだと気づきました。

1つに、「会議の形を変えた」というケースがあります。教員の参加する会議が大掛かりで参加者も多いと、意見があっても発言しにくい雰囲気になってしまう。そこで小さな会議体にして、参加者全員が発言できるようにし、良い意見が上がれば即実行しました。自分の言ったことがすぐに実現した若手が「うれしいし、責任を感じる」と言っていました。

2つ目の例として、授業アンケートで「生徒の意見を聞く」ということも行いました。上司が査定に使うという性質のものではなく、担当者が自分で作り、自分で見て、授業に生かすものです。私自身、他の教員から指摘されても、「自分はこういう考えでやっている」とつい反論したくなることが、生徒から言われるとすっと耳に入りました。

研修などで無理やり相手を変えようというのではなく、こうして自分が参加したことが成功する経験を積むことで、みんなの気持ちがだんだんと盛り上がってきたのではないでしょうか。何よりも、いいと思ったことにチャレンジすると、生徒が喜び、変化します。教員はその姿を見るのがうれしくて、さらに工夫するようになる。環境や仕組みが変わることで気持ちが変わる、子供たちが変わることで私たち教員も変わっていったのではないかと感じています。

スイッチが入らなければ人は変わらないのと同じく、人から与えられた目標では人は動かないのではないでしょうか。職場で「部下はなぜ自分の言うことをなかなか分かってくれないのだろう」とイライラすることがあると思います。それは、相手も自分も、「100%自分が正しい」と思っているからだと思うのです。自分は「100%Aだ」と思っている時に相手から「Bだ」と押しつけられても心から従うことは難しいでしょう。「目標は伝わらない」のです。「仕事を大切に思っている人ほど目標にこだわりが生まれる」ようです。品川女子学院では、教員全員でミッション・ビジョン・バリューを考えました。

傍目には順調と見えていたものの、内部では“改革疲れ”を起こし、私を含めみんなのやる気やチームワークに影が差してきた時期がありました。私は強い危機感を持ち、何とかこの状況を打破しようとしましたが、何をやってもうまくいかず、困り果てて経営コンサルタントの友人に相談してみました。友人に、教員への研修をしてもらおうと思ったのです。私の話を聞いたその人は、「漆さん、本当に必要なのは研修ではないかもしれない」と言いました。

そして「まずは、何が必要かみなさんの話を聞いてみましょう」と教員の声を集めてくれました。すると、口を合わせたように「学校の進む方向が分からない」「トップにビジョンがない」という声が上がってきました。ショックでした。私は目標やビジョンがあるつもり、伝えているつもりだったのに、全然伝わっていなかった。この時、「人から与えられた目標は自分の目標にならない」ということが痛いほどよく分かりました。そこで、全員でミッション、ビジョン、バリューをつくることにしたのです。

その中で大事にしたのは、毎日生徒と一緒に過ごす先生たちの「気持ち」と「誇り」です。「なぜ学校の教師になったのか」とか「どういう瞬間に一番やりがいを感じるか」といった、「教員としての原点」です。

みんなで話していくうち「こういう理由で教師になった」とか「生徒が喜ぶ姿、成長する姿を見るのが一番うれしい」という共通の価値観が浮かび上がってきました。考え方やタイプが違う人たちでも、教育や生徒に対する思いは同じなのです。だから、「こういう学校にしたい」「こういう生徒を育てたいよね」という目標も大体共通していました。

結果的に出来上がったものは、それ以前に2年ぐらいかけて私自身がつくって持っていたものと近いものでしたが、全員が一緒になってつくった意味は大きかったです。つくる過程を共有することで気持ちを共有することができ、チームワークがよくなったし、何より「学校の目標」が「自分の目標」になりました。みんなが「参加すること」が大事だったのです。

会社でも、ミッション、ビジョン、バリューを作成しますね。こういったものは、人に頼んでつくるのではなく、そこに関わる、縁のあるすべての人でつくることこそが大切だと感じました。人は自分の内発的な動機に根差したことでスイッチが入るし、自分の中から出てきた目標だと動きやすいのではないかと体験から感じています。

また、「人は管理できない」ということについてですが、これも「人は変えられない」のと同じです。人を管理しようとか心を変えよう、能力を開発しようという考えは、そもそもおこがましいのかもしれません。先ほどもお話ししたように、人をどうこうしようとするのではなく、環境が変わることで行動が変わり、気持ちが変わっていくという順番なのではないでしょうか。

例えば、イソップの寓話に「北風と太陽」がありますね。旅人の来ている厚いマントを脱がせようと、北風と太陽が競争する話です。北風がいくら強く吹いても旅人はマントをしっかりと着込み、脱がせることができませんが、太陽が暖かく照らすと旅人はマントを脱ぐという寓話です。

もちろん、北風のような厳しい管理が必要な組織、また必要な時期もあると思います。しかし、学校のように数字で表しにくい物事の多い組織の場合、一度、管理する方向に舵を切ったら、マニュアル化してすべての行動を監視し、罰則をつけていくことになります。でも、そうしてしまうと、最低ラインを上げることはできても、上が伸びなくなる。臨機応変の工夫が生まれにくく、組織の中にも個人の中にもそれ以上の良さがなくなってしまうのではないでしょうか。

学校全体に私の目が行き届くわけではありません。学校として親御さんから大切なお嬢さんを預かり、クラス担任に、授業担当にと託していかなくてはなりません。教員一人ひとりがその場に応じて、生徒たちにどう接するかがとても大事です。その一つひとつの行動が積み重なって「品川女子学院の教育」になるのです。

ですから、心の底から子供が好きで、生徒のためにその時一番良い対応ができる教員の集合体でなくてはなりません。そのためには、管理の方向に舵を切らないで、準備をしたうえで任せる方に切った方がいい。各自の判断でしたことが、結果として生徒のためベストになるようにすることが大切なのです。

任せた分、それがマイナスに働くことがあるかもしれません。しかし、マイナスのない方法はないのではないでしょうか。何を大切にするか決めてそちらに舵を切ったら、時には多少のことに目をつぶっても、トータルとしてプラスになればいいのではないか、と思っています。

(構成:荻島 央江)